シンポジウム
日本の排出削減目標議論の行方 Q&A

歌川氏

Q :
とても重要な示唆を含む研究結果だと思いました。前向きな温暖化対策を促すベースとなりうるものでもあると思いました。一方で、少し難しい印象も持ちました。日本の意思決定者がすぐに理解できるような「言語」で「要は何か?」を簡潔なメッセージで伝える活動もしたらどうでしょうか?そういう計画はありますか?
A :
これまで、目的を明確にし、現状・実態を共有し、多くの選択肢の中から、評価軸を明らかにして議論の上選択する習慣が乏しかったと言えます。選択は国民がするものですが、そのためにも研究者などが実態把握、対策を取らない場合の悪影響、対策効果や選択肢の範囲、考えられる評価軸などを情報提供する必要があり、もっとかみ砕いた表現をしていくことが重要と考えます。

Q :
これまでも民生部門の削減が進んでいません。国民が積極的に取り組むためのモチベーションとインセンティブがないことが原因だと思うが、何か対策は考えられますか?
A :
民生(業務と家庭)のCO2排出総量が1990年以降増えた理由のひとつは活動量の増加です(産業、運輸旅客、運輸貨物は活動量が横ばいから減少。エネルギー原単位が1990年以降ほとんど改善していないのは全部門同じ)。もうひとつは2010年以降、業務はエネルギー消費量が横ばい、家庭は減少(節電によりエネルギー効率は改善)に対し、電力分を含むCO2はkWhあたりCO2の悪化(発電所側の事情)で増えています。ちなみに条約などのガイドラインでは電力分CO2は発電所の排出として計算されます。  対策を進めるには、排出構造全体像の共有化、もうひとつは業種ごとの床面積比エネルギーやCO2情報共有化で同業他社と比較可能にし、家庭なら地域別の世帯あたりエネルギーやCO2の共有化、業務家庭共通で典型対策の削減効果やコスト(投資回収年など)情報共有化で、対策可能性と費用効果性に早く気がついてもらうことがあります。  政策では東京都の排出量取引制度(総量削減義務化)導入で対策点検が進み、2013年までに平均で削減義務の約3倍の削減実績がありました。上記の情報整理・開示、技術相談窓口の設置、国・自治体の模範例(我慢ではなく、費用効果的設備投資で無理のない排出削減とコスト回収)、事業所毎の格付など様々な手法が考えられます。

Q :
日本が石炭・原子力を震災前の6割に引き上げるような方針だが、世界・欧州では再エネの割合を高めることが主流となり、日本はそれに逆行しているという話であったが、再エネの割合を高めることの必要性をどうしたら説得力を持つことができるか。
A :
温暖化対策・CO2削減には、省エネと、エネルギーあたりCO2の改善があり、再エネは脱石炭とともに後者の有力な手段です。エネルギー安定供給にも、再エネは純国産エネルギーで地域資源です。電気の中で太陽光・風力は「変動」しますが予測可能で、欧米ではどれだけ多く送電網に受け入れるかの技術・ノウハウを積み重ねています。  再エネは普及で将来価格低下傾向、火力は燃料代上昇等で将来は価格上昇傾向で、再エネと化石燃料コストはいずれ逆転し、電気では再エネを使う方が化石燃料依存より総合単価も支払い総額も2020年代以降安くなるとする研究が幾つもあります。  また支出か投資かの観点があります。化石燃料は温暖化をはじめ環境に悪影響、支出先も海外資源大手です。省エネや再エネ投資は環境保全、化石燃料費削減のための投資で、投資額は化石燃料費削減で「もと」が取れ、トータルでは「利益」としている研究が幾つもあります。また受注の多くは国内企業で、雇用増にも役立ち、再エネ産業の雇用は世界で650万人と大産業に発展しています。日本の対策による将来の雇用も、従来のエネルギー産業やエネルギー多消費産業の雇用の1桁上の雇用増が得られるとする研究も幾つもあります。実績も、欧州の十数ヶ国がGDP成長が日本より大きく、温室効果ガスを削減しており、再エネ産業はGDP増と排出削減の両方に寄与しています。

槌屋氏

Q :
「新エネはこれくらい導入が可能だ」という試算があり、それをもとに日本の削減目標が決定されていくが、逆に、政府の目標があるからこそ新エネの導入が促進される面もある。日本ではどちらをベースとして対策が進み、また検討されているのか。
A :
新エネの政府の目標はいつも小さすぎる。太陽光発電協会や風力発電電協会の出している目標値は、無視されている。技術革新と産業構造改革の中心課題になりうるものであるのに、政府はこうした民間の活力を生かしていない。

Q :
ピーク電力、グリッド間融通といった動的な物理的な制限についてどこまで考慮しているのか?ガス発電10%で調整電力が足りる根拠は何か?
A :
揚水発電、バッテリー、地域間の送電を加えたダイナミックシミュレ―ションによって確認しています。

Q :
太陽電池は発電量の変動が激しく、その対策として蓄電池が必要と言われている。この蓄電池コストを考慮すると、投資コストが20万円/kWに下がることは考え難く、設置出力が予想ほど増大できるとは思えない。安価になる目途(技術的)があれば教えて下さい。太陽電池に蓄電池などの出力調整が付属されないまま、容量が増大すれば、電力需給のアンバランスになり、大停電になる(ブラックアウト)。その対策はあるのですか。
A :
蓄電池はすでに1kWhあたり10万円以下に低下しつつあります。電気自動車が普及しつつあるのはこうしたコスト低下の結果であり、関係者は量産によってさらに低下するとみています。 量産による学習曲線効果が大きい。需給のバランスは、水力、地熱、風力、揚水発電、バッテリー、地域間送電の組合わせによって調整可能です。

Q :
太陽光と風力の設置条件に関して2050年の大量導入時、設置可能場所まで考慮しているのでしょうか。また、北陸などの積雪地域ではパネルへの積雪で冬場は全く太陽光は機能しません。これは考慮されているのでしょうか。
A :
積雪の影響をなくすには高い位置に設置する必要があり、すでにこうした試みは行われている。ただし豪雪地帯には設置する必要がないと思われます。

Q :
再生可能エネルギーの導入が国民負担なく順調に進むかどうか。FITの現状(高い買取)を見ていると疑問もあります。順調に進むと判断される根拠は?
A :
新エネルギーのコスト低下が進展しているので、買い取り価格は少しずつ低下してゆき不要になると考えられます。国民負担は生じますが、今後は化石燃料価格が上昇することを考慮すると、賢い選択であることがわかると思います。

Q :
海洋温度差発電(OTEC)は発電量の調整ができないという問題はありますが、ポテンシャルが大きい技術ではないでしょうか?
A :
大きな温度差が得られる地域が少なく、現状では不明の点が大きいのでシミュレーションには含めていません。技術革新に期待します。

Q :
原発事故後、日本の自治体や市民などが進むエネルギー自給の取り組みやその課題をどう見るか?
A :
各地でコミュニテイが主体になって発電所を作る活動が盛んになっているのは、非常によいことだと思います。課題は、既存の電力会社などがこうした活動の邪魔をしないで協力するようにように誘導することです。

増井氏

Q :
新しいエネルギーキャリアとして「水素」が注目されていますが、審議会における議論、モデル分析での扱いについて教えてください(槌屋さんの分析で明示されていたので)。
A :
今回の試算では、水素は取り扱っていません。2050年やその先については重要になると考えていますが、2030年については導入されても一部と考えています。

Q :
経団連の試算がありますが、どのくらい「正しい」と判断できるものでしょうか。
A :
試算結果について、正しいか正しくないかを判断することはできません。今回の試算もある前提のもとで示したもので、前提が変われば別の答えが出てきます。

Q :
とても有効な研究がたくさんなされていることを知りました。しかし、せっかくの研究成果を一般市民はほとんど知りません。どうすれば広げられると研究者としてはお考えですか。
A :
今回の結果に限らず、こうした議論が行われていることすらあまり認識されていないと思います。エネルギーや温暖化の問題が各自の問題と認識してもらえるように、地道に説明していくしかないと考えています。

Q :
炭素価格の設定1~5万円は高すぎるのでは。この場合、国際競争力はどうなるのでしょうか?日本だけこのような炭素価格では産業が海外へ移転してしまうのではないでしょうか?
A :
実際にこれだけの金額の炭素価格を税として設定すると国際競争力はなくなる可能性があります。これまでの試算でも、低い税率を課し、その税収を温暖化対策に活用するという方法によって、高い炭素価格と同等の効果が得られることを示しています。こうした政策の導入により、影響は軽減できると考えています。

Q :
炭素価格1万円/tCO2~5万円/tCO2で計算されていますが、CERが数十円万円/tCO2という現状からはかけ離れた値に思えますが、なぜこのような価格が出てきたのかの背景、実現可能性についてお伺いしたい。
A :
省エネ技術を導入することでエネルギー消費量を削減し、CO2排出量を削減するというメカニズムをモデル内で再現し、計算しています。これまでの試算結果や費用の見通し等から、温暖化対策の低位、中位、高位の目安として今回の炭素価格の設定を行いました。

Q :
とても重要な示唆を含む研究結果だと思いました。前向きな温暖化対策を促すベースとなりうるものでもあると思いました。一方で、少し難しい印象も持ちました。日本の意思決定者がすぐに理解できるような「言語」で「要は何か?」を簡潔なメッセージで伝える活動もしたらどうでしょうか?そういう計画はありますか?
A :
簡潔なメッセージで伝えることは重要ですが、理論や計算結果を正確に説明しいようとするとどうしても説明が冗長になったり、難しくなってしまいます。ことばについては、できるだけ平易なことばを用いて伝える必要がありますが、正確さとわかりやすさの両立は、大きな課題であると認識しています。

明日香氏

Q :
「可能な技術の積み上げ」のみではなく、削減目標を設定して、その達成のための政策・手段を開発するというアプローチも取れるのだろうか?「可能な技術アプローチ」は、槌屋先生の乾いた雑巾の話であったように、ろくなものが出てこない。先進国として目標のレベルを決める研究は多くあるのでは?
A :
取れると思います。ただし、本当に日本が「乾いた雑巾」であるかは精査が必要かと思います。特に省エネポテンシャルの想定は、割引率、投資回収年数、炭素価格の有無、政府の指導などによって大きく変わります。その意味では、「可能な技術アプローチ」の計算方法がまず問題です。そして結局すべては、国のエネルギー政策次第です。省エネ、再エネを重視するのであれば、その結果として温室効果ガス排出も減ります。一方、原子力、化石燃料を重視すれば、そもそも想定に無理もあるので、温室効果ガスは増えます。言うまでもなく、後者は現在のエネルギー・システムの維持です。すなわち、温暖化対策の目標も大事ですが、最も重要で温暖化目標に非常に大きなインパクトを持つのが、政府がどのようなエネルギー・システムを作ろうとするかです。

Q :
二国間クレジット制度の締約国における位置づけについて。
A :
今のJCMの制度設計には、1)利益相反の可能性、2)追加性の軽視、3)補助金への依存、という三つの問題があります。これらがある程度解消がされない限り、締約国会議レベルで正式な制度として認められるのはなかなか簡単ではないと思います。

Q :
これまでに提出されていない約束草案について、その動きの概要を教えて下さい(対策の大きさ、衝平性)。中国、インド、その他の国。
A :
中国の約束草案(案)の評価に関しては、下記をご参照ください。
http://www.cneas.tohoku.ac.jp/labs/china/asuka/_userdata/
view_of_China's_target_english.pdf

他の国に対しては、下記のClimate Action Trackerのサイトで詳細な評価をしていますのでご参照ください。
http://climateactiontracker.org/

Q :
統計の不確実性についてどのように考えていますか。
A :
中国の統計の不確実性というご質問であれば「問題は多々あるものの、少しずつ改善されつつある」という感じかと思います。また、統計の問題と、中国の温暖化対策目標が十分かどうかの問題は切り離して考えるべきだと考えます。

Q :
ピアレビューの強さ、法的拘束性について教えて下さい。
A :
ピアレビューには法的拘束性はないです。ですが、一定のプレッシャーにはなると期待します。低い評価は「烙印」として長い時間残ることになりますから。もちろん、そのようなプレッシャーをプレッシャーとして感じないような国際感覚に乏しい政府であれば、何ともしようがありません。

Q :
途上国のINDCの評価はどのように行うのか?
A :
途上国も先進国も同じように評価します。具体的には、一人当たり排出量、一人当たり所得、歴史的排出量などの指標を用いて、幅はあるものの、2度目標達成には、最低限、これだけ必要という感じで評価します。現時点では、先進国、途上国関係なく、どの国も、「公平で野心的」とある程度客観的に評価できるような数値目標はコミットしていないという状況です。

Q :
Legally bindingなKPですらカナダのようなことが可能な中で、最初から野心的に行くことはよいアプローチか?
A :
ブッシュ前米国大統領も、当時のカナダの首相も、今のオーストラリアの首相も、基本的には温暖化懐疑派です。言い方を変えれば、温暖化問題なんてどうでも良いと思っています。そういう国と同じレベルの国際政治を展開する覚悟があるのであれば、それこそ何もコミットしなくても良いとは思います。そのような行動を、国際社会、そして将来世代がどう評価するかという問題です。

Q :
とても有効な研究がたくさんなされていることを知りました。しかし、せっかくの研究成果を一般市民はほとんど知りません。どうすれば広げられると研究者としてはお考えですか。
A :
耳が痛いご指摘です。鶏が先か卵が先かの話と同じで、メディアが取り上げてくれればそれなりにインパクトはあると思うのですが、温暖化問題はあまり一般受けしないと、メディアも考えてしまっているようです。世界の研究者たちとも連携しながら、地道に情報発信をやり続けるしかないのかなと思います。

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